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孔子とWebパブリッシングとソースコード

大学のRAをしているのだが,教育とは何かと深く考えさせる出来事があった.
良い教育とは,手取り足取り指導するのも違うし,間違っている部分を罵倒して叱るのも違うし,逆にほめて伸ばそうとするのも違うし,放置するのも違うし,それらを絶妙なバランスで使い分けるのも違う気がする.やはり,よく子は親の背中を見て育つといったものだが,特に何かをするわけでもなく,研究や仕事に熱心に働いて,思いやればそれから多くのことを学ぶはずだ.

Webパブリッシングの発達と多様な価値観を持つ人がいり交わる世界になったため,どうも世の中には冗長というか,文字数の多すぎる記事が氾濫していると思う.その昔,孔子とかの時代は,文字にするコストが高いためなのか,短くシンプルな文章が主流だった.それで,いいたいことは分かるし,時代を超えて愛される文章になっている.最近は,文字にするコストが極めて低いために,長い文章が簡単にかけてしまうし,ともすれば,長い文章ほど良い文章だと錯覚している人がいるのかとも思う.そのおかげで,短く良い文章というものが相対的に埋もれてしまい,長い文章と同様に斜め読みされてしまえば,記憶に残らない.本来,余分な文章は脚注にでも書いておけば十分だし,もっといえば,アノテーションとして記述しておき,理解しにくい人のみその部分を読めばよい.

同じことがソースコードにもいえる.
ともすれば,長くてばりばりのオブジェクト指向のソースコードがいいソースだと思っている人がいるかもしれないが,それは間違えで,短く平易なソースコードがいいに決まっている.そういった意味では,コメントもいらないし,デザインパターンもいらない.常にソースコードが最小化するように意識してかけば,必然的に関数化され,自然と良いプログラムになっているはずだ.

教育にせよ,文章にせよ,ソースコードにせよ,長いものがいいとは限らない.
でも,価値観の多様化により,話が通じないから,仕方なく長く書く.どこまで,書くかが問題だ.
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by mayasuke | 2006-02-02 00:31 | プログラム

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